「この家、どうすればいいんだろう」

親が亡くなったあと、実家を引き継いだものの、自分は別の場所で暮らしている。住む予定もない……。そうなると、「売るしかないのかな」と考えるのは自然なことです。

けれど、長年地域で使われてきた建物の場合、話はそれほど単純ではありません。

今回は、新潟県十日町市にある古い診療所をめぐる実家終活を例に、「売る」「壊す」以外の選択肢について考えてみます。

■父が開業した診療所を引き継いだ50代の男性

依頼者は50代の男性です。

父親は地元で長く診療所を営んでいました。父親は引退して数年後に亡くなり、男性は実家であり、父親の仕事場でもあった建物を引き継ぐことになりました。

しかし、依頼者自身は別の場所で生活しています。
自分が戻って暮らす予定もありません。
そこで、父親の私物を片付けながら、これからこの建物をどうするか考えることになりました。

最初に浮かんだのは、やはり「売却」です。

建物は戦前から残る古いもの。一部には石造りの部分もあります。
建物そのものが古いうえ、元診療所という特殊な間取りや設備もあり、「普通の中古住宅のように売れるのだろうか」という不安がありました。

一方、解体するにも費用がかかります。
所有しているだけでも固定資産税などの負担があり、建物を維持していくにもお金がかかります。

「リフォームして誰かに貸すという方法もあるのでは?」

そう考えたこともありました。しかし、親族からは、

「そんなに簡単じゃないよ」

と止められました。

結局、周囲の助言もあり、当初は「売る」という方向で考えていました。

■片付けを始めて、初めて気づいた「地域とのつながり」

ところが、父親の私物を片付けているうちに、依頼者の気持ちが少しずつ変わっていきました。
その建物には、父親が医師として過ごした時間だけでなく、地域の人たちとの長い関わりが残っていたのです。
片付けをしていると、近所の人から父親の思い出を聞くこともありました。

「先生にはお世話になった」

そんな話を聞くうちに、これまで「処分するもの」と考えていた建物を、少し違った目で見るようになりました。
もちろん、思い出があるからといって、使わない建物をそのまま残せるわけではありません。

税金もかかります。
古い建物なら、修繕や安全面についても考える必要があります。

だからこそ、依頼者は迷いました。

「売ってしまえば、それで終わる。でも、本当にそれでいいのだろうか」

そんな気持ちが出てきたのです。

■十日町には、古い建物を活用するという考え方もある

そこで依頼者が調べていく中で知ったのが、十日町市周辺で行われてきた古い建物の利活用でした。

十日町市・津南町を舞台とする「大地の芸術祭」では、古い民家などを作品や活動の場として活用する事例があります。

たとえば、古民家を作品として再生した「脱皮する家」や、茅葺きの古民家を活用した「うぶすなの家」などです。

「脱皮する家」
https://www.echigo-tsumari.jp/art/artwork/shedding_house/

「うぶすなの家」
https://www.echigo-tsumari.jp/art/artwork/ubusuna_no_ie/

もちろん、だからといって、

「古い診療所をアート施設にすればいい」

という話ではありません。

大切なのは、古い建物には、売却や解体だけではない使い道もあり得る、と知ったことでした。

地域の集まりに使う場所。
地域活動の拠点。
誰かが新しい仕事を始める場所。
あるいは、地域の人が集まれる場所。

建物そのものにどれだけ市場価値があるかだけではなく、

「この場所を使いたい人はいないだろうか」

という視点を持つことで、選択肢が変わることがあります。

■「売ること」をいったん横に置いてみた

この段階で、依頼者は私たち「実家終活代行」に相談しました。

私がまず確認したのは、

「売るか、残すか」

ではありませんでした。

「そもそも、今すぐ売らなければならない事情があるのでしょうか?」

ということです。

もちろん、売却しなければならない事情があるなら、それを優先する必要があります。
しかし今回の依頼者は、今すぐ現金が必要な状況ではありませんでした。

それなら、最初から売却だけを前提にする必要はありません。

そこで、一度選択肢を並べてみました。

・そのまま売却する
・解体して土地として売却する
・改修して賃貸する
・地域の団体などに活用してもらう
・無償で貸すなど、別の形で利用してもらう

ここで大切なのは、

「地域のためになるから、寄付しましょう」

と決めてしまわないことです。

どの方法にも、それぞれ費用やリスクがあります。
古い建物を残すなら、修繕、安全性、維持管理、固定資産税などを考えなければなりません。
貸すなら、改修費や借り手の確保が必要です。
売るなら、本当に売却できるのか、売却までにどのような費用がかかるのかを考える必要があります。
解体するなら、解体費用を負担してまで更地にする意味があるのかを考えなければなりません。

つまり、

「何が正解か」

ではなく、

「この家の場合、どの選択肢なら無理なく実現できるのか」

を見ることが大切なのです。

■「地域に引き継ぐ」という選択肢が見えてきた

さらに依頼者には、片付けを進める中で知り合った、地元の町おこしに取り組むNPOの男性がいました。
その男性から、この建物を地域のために活用できないかという話が出てきたのです。

以前なら、依頼者はこの建物を「売るもの」として見ていました。

しかし、父親の思い出を知り、地域の人たちの記憶を知り、そして実際に「使いたい」という人と出会ったことで、考え方が変わりました。

「父も、地域の人が使ってくれるなら、そのほうが喜ぶんじゃないか」

そんな気持ちが芽生えてきたのです。

ただし、ここでもすぐに「寄付しましょう」とはなりません。
不動産をNPOなどに譲渡する場合には、税金や登記、維持管理など、確認すべきことがあります。

たとえば、個人が不動産を無償で譲渡した場合でも、税務上は単純な「お金のやり取りがない贈与」とだけ考えられない場合があります。
国税庁は、法人に対する土地・建物などの無償譲渡について、一定の場合に譲渡所得の課税関係が生じる「みなし譲渡」の考え方を示しています。

国税庁「No.3108 譲渡所得の課税の特例」
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/joto/3108.htm

また、公益性のある寄付について一定の要件を満たす場合には、国税庁長官の承認を受けることで、みなし譲渡所得課税が行われない特例があります。

ただし、NPOだから自動的に対象になる、というものではありません。

国税庁「租税特別措置法第40条の規定による承認申請」
https://www.nta.go.jp/taxes/tetsuzuki/shinsei/annai/joto-sanrin/annai/2221.htm

受け取る側にも、不動産取得税や登記、固定資産税、建物の維持管理などの問題があります。

新潟県も不動産取得税について案内しています。

新潟県「不動産取得税」
https://www.pref.niigata.lg.jp/site/zeimu/1192931215168.html

つまり、

「地域のために使ってもらえるなら、寄付すればいい」

というほど単純ではありません。

だからこそ、依頼者とNPO側の双方が、建物の状態や今後の費用、使い方について話し合う必要があります。

■「売らない」と決めたわけではない

現在、このケースでは、NPOへの寄付・譲渡を含めた利活用について、前向きな話し合いが始まっています。

まだ寄付が決まったわけではありません。

契約もしていません。

税務や登記、建物の状態、改修や維持管理についても、これから確認していく必要があります。

それでも、実家終活としては大きな変化です。

最初は、

「売るしかない」

と思っていたものが、

「この建物を使いたい人がいるなら、その可能性も考えてみよう」

というところまで進んだからです。

「売らない」と決めたわけではありません。

売却も含めて、もう一度選択肢を広げたのです。

■実家終活は「売ること」がゴールとは限らない

実家終活というと、

「家を売る」
「家を壊す」
「荷物を処分する」

といった作業を思い浮かべるかもしれません。

もちろん、それらが必要になるケースもあります。

しかし、実家によって事情は違います。

すぐに売らなければならないのか。
売れる可能性はあるのか。
解体したほうがいいのか。
誰かに貸せるのか。
地域で使ってくれる人はいないのか。
そして何より、所有者自身は、その家をどうしたいと思っているのか。

今回の依頼者の場合、片付けを通じて地域とのつながりを知り、半沢との対話によって、売却以外の可能性も含めて考えることができました。

私たち「実家終活代行」が行うのは、売却や寄付を決めることではありません。

現状を整理し、選択肢を並べ、それぞれのメリットや負担を確認しながら、

「次に誰と何を話せばいいのか」

を一緒に整理していくことです。
必要に応じて、不動産、税務、登記、建物、地域団体など、それぞれの専門家や関係者につないでいきます。

「売るかどうかも決まっていない」

「家族の意見もまとまっていない」

「何から考えればいいのかわからない」

そんな段階からでも構いません。

実家終活では、最初から答えを決める必要はありません。

大切なのは、目の前の家を「処分するもの」と決めつける前に、

「この家には、どんな選択肢が残っているのか」

を一度整理してみることです。

今回の古い診療所も、これから先、どのような形になるのかはまだ決まっていません。
ただ、売却や解体だけではなく、「地域に引き継ぐ」という可能性について、具体的な話し合いが始まりました。

それもまた、実家終活の一つの前進だと私たちは考えています。

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【参考URL】

・十日町市|空き家に関する支援・制度
https://www.city.tokamachi.niigata.jp/soshiki/toshikaiganseibibu/kensetsuka/1/gyomu/1453267800000.html

・十日町市|空き家等対策計画
https://www.city.tokamachi.niigata.jp/soshiki/toshikaiganseibibu/kensetsuka/1/gyomu/1453267597193.html

・大地の芸術祭|脱皮する家
https://www.echigo-tsumari.jp/art/artwork/shedding_house/

・大地の芸術祭|うぶすなの家
https://www.echigo-tsumari.jp/art/artwork/ubusuna_no_ie/

・国税庁|No.3108 譲渡所得の課税の特例
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/joto/3108.htm

・国税庁|租税特別措置法第40条の規定による承認申請
https://www.nta.go.jp/taxes/tetsuzuki/shinsei/annai/joto-sanrin/annai/2221.htm

・新潟県|不動産取得税
https://www.pref.niigata.lg.jp/site/zeimu/1192931215168.html

・e-Gov法令検索|民法
https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=129AC0000000089

・e-Gov法令検索|建築基準法
https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=325AC0000000201

・e-Gov法令検索|消防法施行令
https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=336CO0000000037

・実家終活代行
https://zikkazimai.jp/